少し前に私の住むフロリダのサラソタ近辺にハリケーンが陸上したため、避難したり電気やインターネットが止まったりといったかんじでドタバタしていましたが、幸いにも今週から子どもたちの学校も正常に始まり、いつもどおりの生活に戻ったというかんじです。
今回のハリケーン・イアンは威力が凄まじく今回の直撃地であるフォートマイヤーズやサニベルに到着した際にはハリケーンの威力が凄まじく、街ごと破壊し、さらにいくつかの島にかかる橋も破壊したことによって、復旧活動を難しくするものでした。
改めて、自然を前にしたときの人間の無力さを感じることとなりました。
ところで、こうした自然災害がある度に、メディアやある特定のタイプの政治家は地球温暖化や人間社会の出す二酸化炭素と結びつけたがる傾向があります。地球が温暖化し、ハリケーンの数が多くなり、ハリケーンの力が強くなり、被害コストが大きくなる、といった具合です。
しかし、先に言ってしまうと地球温暖化とハリケーンの間に何らかの関係があるというエビデンスはありません。これは、IPCC(気候変動に関する政府間バネル)の「IPCC Working Group 1 report」やNOAAの「地球温暖化とハリケーン」によってすでに検証され、この2つの間に関係がある根拠はないと結論付けられています。
しかし、こうした大規模な災害があるとメディアは待ってましたとばかりに、根拠のない主張をいつも同じやり方で繰り返すので、なんとなくそうしたニュースを聞いたり読んだりしている人達の間に、あたかもそれらが事実であるかのような認識が出来上がっていきます。
そこで、アメリカの環境活動家、ジャーナリストのMichael Shellenbergerが最近出稿していた「Media Lying About Climate And Hurricanes」(リンク)という記事を参考に、ハリケーンと地球温暖化を結びつけようとするメディアの嘘を3つのタイプに分けて解説します。
例えば、ニューヨーク・タイムズは「大西洋では威力が強いハリケーンが頻繁になりつつある」という記事の中で、以下のチャートを使って1980年以降アメリカに上陸した規模の大きいカテゴリーのハリケーンは増え続けていると主張します。
上のチャートは1980年から始まっていることがポイントです。
そこで、アメリカ政府機関のNOAA(国立海洋大気庁、アメリカ)が公開しているアメリカに上陸した1851年から2021年までのハリケーンのデータを取ってきて可視化したのが以下です。
1980年以降ではなく1860年まで逆上った上でアメリカに上陸した規模の大きいハリケーンの数のトレンドを見ると、ニューヨーク・タイムズのチャートとは全く違うトレンドが見えてきます。
さらに、ニューヨーク・タイムズのチャートがやっているように、移動平均20年のトレンドラインをのせてみると以下のようになります。
もし地球温暖化と関係があるのであれば、さらに産業革命以降に人類が排出してきた二酸化炭素量と関係があるのであれば、ずっと上り調子のはずですが、そんなことはありません。
さらに、このチャートを見ればなぜニューヨーク・タイムズが1980年以降のデータを使っているのか、わかるのではないでしょうか。
それ以前の1960年代から1980年ころまでのハリケーンの数が減少していることを見せるのは彼らにとって都合が悪かったのでしょう。そして、ニューヨーク・タイムズが主張するそれ1980年以降の上昇というものは、実はそれ以前の傾向に戻っただけという事実も知られたくはなかったということでしょう。
1980年以降のデータだけを見せた上で、「ハリケーンの規模がどんどんと大きくなっている」という主張に根拠をもたせる、これはデータの世界では「チェリー・ピッキング」として有名なデータを使って嘘を付くための手法です。
ハリケーンについてはこの1980年からのデータを使うのが欧米メディアの常套手段となっています。
イギリスのファイナンシャル・タイムスも「hurricane frequency is on the rise / ハリケーンの頻度は増える一方だ」(リンク)という記事の中で、やはり1980年以降ハリケーンの数がどんどん増えていると主張します。
もう一つの嘘は、ハリケーンの威力が強くなっている、または威力の強いハリケーンの比率が増えているというものです。
ワシントン・ポストは「How climate change is rapidly fueling super hurricanes An unprecedented number of storms rated Category 4 or stronger have lashed the U.S. shoreline in recent years / いかに気候変動が急速にスーパーハリケーンの燃料となっているか、近年ではとんでもない数のカテゴリー4以上のハリケーンがアメリカの海岸を襲っている」(リンク)という記事の中で1990年以降に絞った上で、とんでもない数の大規模なハリケーンが増えていると主張し、さらにそれを気候変動と結びつけます。
こうしたメディアがよく使うのがアメリカ政府機関のNOAA(国立海洋大気庁)による「地球温暖化とハリケーン」というレポート(リンク)ですが、彼らはこのレポートの中の都合のいい部分だけを使います。
以下のチャートはメジャー・ハリケーン(カテゴリー3から5のハリケーン、5が最大級)の割合のトレンドですが、グレーの線が調整前、青い線が調整後。
グレーの線だけを見ると確かにメジャーなハリケーンの比率が多くなっているように見えます。つまりアメリカに上陸するハリケーンは大型のものである比率が多いと。しかし、「調整後」の青い線を見ると1980年以上は上がっていますがそれでも全体としてみると特に最近歴史的に何か大変なことになっているようには見えません。
それでは、この「調整」とは何なのでしょうか。
実は昔はサテライトがなかった、またはその技術が発達していなかったため、ハリケーンの数を正確にとらえきれていなかったということです。つまり、規模の小さいハリケーンは昔はハリケーンとしてカウントされていないため、全体のハリケーンの数は今に比べると少なかったということになります。故に、1980年以前は大きなハリケーンが全体に占める割合は大きくなるということが起きてしまいます。
アメリカ政府機関のNOAA(国立海洋大気庁)による「地球温暖化とハリケーン」という名前のレポートには「サテライトが活用される以前の時期の計上されていないであろうハリケーンの数を調整した上でこの160年という長期間にわたって見た場合、長期に渡って上昇、または下降していくような傾向は見られない」と書かれています。
さらに「現時点で入手可能な歴史的な大西洋のハリケーンデータからは、地球温暖化が1世紀に渡り、トロピカル・ストーム、ハリケーン、メジャーなハリケーンの頻度、さらにハリケーンの総数に占めるメジャーなハリケーンの割合の上昇に対して影響したというようなことを示す納得のいくエビデンスは得られないと結論づけます。」と結論づけています。
レポートの中でもこの部分はボールドで強調されています。この部分を無視して、同じレポートのデータを調整前のデータを使ってNOAAのレポートを使っていると主張するジャーナリストは、意識的に嘘をついているとしか言えません。
上記のNOAAが公開しているデータを元にアメリカに上陸したハリケーンのうちカテゴリー3,4,5のハリケーンのみをチャートにしたものが以下です。
特にこの20年、30年の間に増加しているようには見えません。むしろ、2005年から2017年までには大型のハリケーンがないという事実に注目せざるを得ません。
さらにアメリカに上陸したハリケーンをカテゴリーごとにチャートにしたものが以下です。
最近になるとハリケーンが来る度に大型のものである、そんなことはありませんね。
ちなみに、上記のNOAAのレポートの中ではある予測モデルを使うと将来的にはハリケーンの数は25%減少すると予測されるとさえ書いてあります。他のモデルを使うと5%増加するともあります。この辺りはモデルなので、将来どうなるかはわからない、というのが正直なところでしょう。
このような「フェイクニュース」を流すのは何もワシントン・ポストに限ったことではありません。英米のメディアはどこも同じようなものです。
こちらのワイアードの記事「米国を襲ったハリケーン「イアン」は、“未来”からの警告でもある」でも同じように一部の期間でのトレンドのみに注目する「チェリーピッキング」が使われています。
ところで、ハリケーンの最大風速を年ごとに平均をとったのが以下のチャートです。
また、ハリケーンの中心気圧の年ごとに平均が以下のチャートです。
ハリケーンの風速が速まっているとか、ハリケーンの規模が大きくなっているとか、そんな傾向は見えません。
最後にもう一つ。これもよくあるパターンの嘘なのですが、ハリケーンによる被害コストもここ近年大規模になっていると言うものです。しかし、これもうっかり騙されてしまいがちな嘘です。というのも、一般的にはハリケーンによって被害を受けた場所は昔に比べて今のほうがより多くの人が住んでいますし、さらにより高価な家やビル、船などを所有している人達の数も増えているからです。
以下の写真はフロリダのマイアミビーチの1925年と2017年を比べたものです。最近の建造物はハリケーンにより耐性があるというのをかけ引いても、ここにハリケーンが直撃すればその被害のコスト、つまり失われた富を計算すれば昔に比べてより大きくなるでしょう。
そこで、そうした人口や建造物の数や富の違いなどを考慮した上でそれぞれの年のハリケーンによる被害コストを計算し直す、つまり「正規化」した上で過去120年に渡る傾向を示したものが以下のチャートです。(チャートのソース)
「最近になって被害コストがどんどんと大きくなってきている」というようなことは確認できません。
すでにハリケーンと地球温暖化(または気候変動)の間の関係は、上記のNOAAにも、さらにIPCCにも否定されています。特にIPCCの場合は、そもそも地球温暖化問題に関して国際的に取り組むために作られた政治的な組織ですから、地球温暖化と自然災害の間に何らかの関係がないかに関して広く研究しています。それでもハリケーンと地球温暖化との間には関係がないとの立場です。
しかしそれでも、アメリカでは地球温暖化や気候変動を問題にしたい民主党の政治家と、今や民主党の広報機関に成り下がってしまった感のあるメディアは、ハリケーンのような大規模な自然災害があるとすぐに地球温暖化に結びつけようと必死です。
以下はハリケーンの被害地視察で「今回のハリケーンで明らかになったことは地球温暖化だ」と記者の質問に答えるバイデン大統領ですが、こうした根拠のない情報を広めることこそ「フェイクニュース」と言えるのではないでしょうか。
https://twitter.com/MarshaBlackburn/status/1577984691797360641
私達人間は、得体のしれないことが起きたとき、なにか理由付けをしたくなるものです。そうした絶望するような経験に折り合いをつけたいものです。そこで歴史的には、宗教的なものに説明や解釈を求め、我々人間は長い間折り合いをつけてきました。しかし近代に入って「科学」が発展し一般大衆にも「科学」の知識が広まり始めると、私達は「科学」に説明を求めはじめました。
とくにここ最近のアメリカでは何らのか宗教を信仰する人達も減ってきていることも合って、まるでその隙間を埋めるかのように、メディアや政治家の言う「サイエンス(科学)」を宗教的に信じようとする傾向すらあるようです。
もちろん、科学的に説明ができる自然現象はたくさんあります。しかし同時に、科学的に説明できない自然現象もたくさんあるというのも事実です。
世の中で起きることはばらつきます。例えばハリケーンの数が多い年もあれば少ない年もあります。勢力が強い時もあれば弱い時もあります。そこで、普段データを扱う私達にはこうしたばらつきを受け入れ、不確実性、つまりよくわからないことがある、ということを受け入れ、謙虚に観察し、様々な仮説をデータを使って検証し続ける努力が求められます。
しかしここに政治が入ってきたり、経済的なインセンティブが入ってくることで、都合の良いデータだけを使って真実を歪め、自分たちに都合の良いストーリーを作り上げてしまう人達がいるというのが現実です。
これに対する最大の防御は、自分たちの主張を通すために都合よくデータを使って嘘をつくことを仕事の一部としているメディアや政治家の言うことを鵜呑みにするのではなく、より多くの人が、データを自分で読めるようになることであり、さらにデータの限界を知ることで、丁寧に、そして謙虚に真実に迫っていくことだと思います。
データリテラシーの向上が求められるのは、何も最近のDXやAIといった流行りだからではなく、現在のような様々な情報が錯綜している中で、何が正しくて何が間違っているのか判断し、一歩づつ真実に迫っていくためにはどうしてもデータが欠かせないからなのです。